お知らせ
2024年11月17日に投開票が行われた兵庫県知事選挙は、9月末に失職した斎藤元彦前知事が圧倒的に不利との予測を覆して当選しました。地方の首長選挙としては異例なほどに注目を集めたこの事案は、知事失職までの経緯が大量に報道されていたこともあり、その余波が選挙後も続いています。
本稿では、7月の東京都知事選挙からの学びも踏まえながら、この選挙戦をめぐるメディアやコミュニケーションのあり様を考察します。
(都知事選ブログ:https://crossmedia.co.jp/2024/07/11/6248)
この一連の騒動を観察する中で見えてきたのは、メディアのあり様と人々の情報行動に垣間見えた時代の変わり目。さらに抑強扶弱的で勧善懲悪的な物語に惹きつけられる人間の普遍的な情動です。
※本稿はあくまでコミュニケーションに関する考察であり、特定の政党・政治的立場および事案関係者を支持あるいは批判する内容ではありません。
選挙報道におけるマスコミ媒体とSNS等のインターネット媒体の影響
今回の県知事選挙に至る兵庫県の混乱は、今春、兵庫県職員が記したとされる知事批判の文書がマスコミ等に届けられたことに端を発します。そこから半年以上にわたって様々な報道やSNS上での情報流通が続いていますが、その詳細にはここでは触れません。
本稿が注目するのは、次の2点です。
- 主にTV報道(ワイドショー等含む)、新聞、雑誌など主要なマスコミが約半年間発信した情報によって形成された『前知事は悪者に違いない』という世論に対して、約3週間という短い期間に『前知事は悪者に仕立て上げられた』という新たな世論が生じたこと
- そこにSNSが大きく影響したこと
選挙戦でのSNSの台頭は、7月の都知事選挙におけるいわゆる“石丸旋風”で顕在化しましたが、今回もその傾向は顕著であり、若い世代のみならず多様な世代にも影響が拡大したと感じました。
マスコミ報道では取り上げられなかったさまざまな情報が、選挙期間中のSNSで流通し高い関心を持たれたこと、それらの情報をその後もマスコミがあまり報じなかったことなどが、兵庫県の有権者のみならず全国的な注目を喚起しました。兵庫県庁で起きている複雑な現実に加えて、メディアがそれらをどう扱うか、それによって現実にどのような影響が及ぶかなどのメタ認知的な構造をもっていたことも、特徴的だったと思います。
選挙の直後、TV報道は前知事が再選したことを「マスコミがSNSに敗北した」というようなコメントで表現していましたが、そこには違和感を覚えました。前知事返り咲きの事実を、報道機関の敗北という表現で報じること自体が「報道の中立性」に矛盾していると思います。しかし、こうした反応の裏側には、SNSなどのインターネットメディアによってマスコミの影響力が希薄化した焦りがあらわれているのかもしれません。
参考:「情報通信白書 令和6年版」2024年7月、総務省
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/html/nd213220.html
認識の変容を引き起こした物語性
多くの有権者に投票行動を期待する選挙戦は、戦略PRでその全体像を捉えるとわかりやすいと思います。圧倒的な悪評が形成されていた候補者が当選したことは、「パーセプションチェンジ(認識の変容)」が短期間で起きたということです。
有権者がマスコミ報道のみに触れていた場合、選挙までの半年間は「厚顔無恥で暴君のようなパワハラ知事が、正義の行動をした弱い個人を抑圧した」という物語で兵庫県の事態を「認識」していたと思います。選挙戦が開始してからは、NHK党の立花党首が斎藤氏を応援する立場を表明して立候補をしたところで大きく状況が動き始めました。前述の「認識」を相対化する、もうひとつの物語がSNS上に提起されたからです。SNS上には真偽不明な情報も散見され信頼性には難もある点は考慮した上ですが、飛び交った情報には一定の説得力とリアリティを有するものも少なからずあり、既存の「認識」が揺らいでいきました。つまり、パーセプションチェンジが生じたということです。
本件事象には様々な偶発的な要素が関係したと考えられますので、このような変化を期待して誰かが企図したとしても同様の変化が引き起こせるとは思えません。しかし、パーセプションチェンジを引き起こした要因を考えることには大きな意味があると思います。
ここからは、その要因について考察していきます。
私が着目するのは今回の一連の騒動が持つ「物語性」です。
前述のとおり、マスコミ報道によって定着した「暴君のような知事」という物語に対して、SNS上でカウンターとなる情報が補完されたことで、新たに「元知事時代から続く既得権益勢力とそれに加担したマスコミに陥れられた改革派の知事が、名誉を回復しようとする」という物語が認識されるようになりました。この2つの物語はいずれも抑強扶弱的で勧善懲悪的な要素があり、その物語性の強さが多くの人の感情を刺激したのではないかと思います。
このような考察を進める中で、私は今回の物語に、同じ兵庫県を舞台にした「忠臣蔵」を思い起こしました。
「忠臣蔵」は、元禄時代、高家の吉良上野介にパワハラを受けて刃傷沙汰に及んだ播州赤穂藩主の浅野内匠頭が、幕府によって情状酌量されず切腹させられ御家断絶した赤穂事件を起点とします。幕閣と昵懇だったこともあってお咎めなしだった吉良に対し、亡き君主の無念を晴らさんと浪人になった浅野家家臣の47名が、数年の苦難を経て復讐(討入り)を果たし、庶民が快哉を叫んだという史実に基づく物語。多彩な登場人物たちによる虚実ないまぜのエピソード群が、江戸時代から昭和期に至るまで、日本人に最も多く愛されてきた大衆的ストーリーです。
兵庫県知事選をめぐる2つの物語は、
- 暴君的な知事を県職員が告発する
- 既得権益勢力によって失脚させられた知事が再び立ち上がる
いずれをとっても、「忠臣蔵」的な性質をもち、有権者のみならず多くの人々の興味関心と情動への影響を、偶発的に与えたのではないか、と考えます。いささか余談めいた例えになりましたが、劇的なパーセプションチェンジには、それなりに強い物語性が必要なのだと考えます。
参考:兵庫「忠臣蔵」評判記(ネットミュージアム兵庫文学館 : 兵庫県立美術館)
https://www.artm.pref.hyogo.jp/bungaku/kikaku/chushingura/
改めて企業コミュニケーションにおける学び
11月の兵庫県知事選挙を通して、SNSなどネット情報流通は、TVなどマスコミ報道に匹敵する影響力があることが明白になりました。
企業においても、マスコミとの関係性を維持していれば、対外的なコミュニケーションやレピュテーションを制御できるとは言えない時代にあることが再認識できます。ましてSNS上で急速に拡散される真偽不明な情報や評判を企業側が統制することはほぼ不可能であり、企業が公式に外部へ発信する情報に細心の注意を払っていたとしても、第三者または企業内部からの告発などが生じる可能性も無視できません。
短期間でも情動的な反応の連鎖によってパーセプションチェンジが起きてしまうこのような環境は、企業のコミュニケーション担当者に不安を抱かせるのではないかと思いますが、これに対して企業がやるべきことは実はシンプルなものだと考えます。それは、組織の内外で一貫した統一性(インテグリティ)を重視した振る舞いを行うこと。そして、平時から組織の内外に向けて、実態に即した情報開示や企業活動に込めた想いを発信することだと考えます。
今回の選挙戦などに見られるような大きな認識の変容には、個人がさまざまな情報を総合して理解・解釈していることが大きく関わっています。特に過去の状況やその当時に発せられた情報などが検索によって掘り起こされるため、事が起きてからの情報発信だけでは不十分な傾向があります。
企業の置かれた状況と、獲得したい印象・評価、発信したい情報とを総合した際に、そこにどのような解釈が生まれ、どのような物語が人々の認識のベースとなりうるのか。それを多角的に想像したうえでコミュニケーションのあり方を考えることが、リスクをコントロールする意味でも重要になると思います。
ビジネスの世界とは異なる「選挙」の世界、それに関する一連の報道や世の中の反応ですが、メディアと情報流通に関する時代の転換点にある今日において、企業のレピュテーション・リスクやそれをどのようにマネジメントするかの参考になったと感じています。企業コミュニケーションに携わる方にも、「物語性」に着目していただき、今後の活動のヒントにしていただければ幸いです。
(河原畑)
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